
多くの方が「筋肉」や「性欲」をイメージする男性ホルモンの役割は、それだけにとどまりません。実は、男性ホルモンの一種である「テストステロン」は、生涯にわたる心と体の健康を左右する、非常に重要なカギを握っているのです。
テストステロンは加齢とともに静かに、しかし確実に減少していきます。テストステロン値の変化が、活力や健康状態にどのような影響を与えるのか、男性ホルモンと加齢の知られざる関係を解き明かします。
目次
男性ホルモン「テストステロン」は加齢とともに穏やかに減少
男性ホルモン「テストステロン」は、中年期以降、加齢とともに穏やかに減少していきます。女性のホルモンが閉経期に急激に変化するのとは対照的に、男性の場合はゆっくりと進行するのが特徴です。
そのため変化に気づきにくく、「なんとなく不調」な状態が続いてしまうことも少なくありません。減少が始まる時期やそのスピード、度合いには大きな個人差があり、40代から始まる人もいれば、高齢になっても高い値を維持している人もいます。
テストステロンの減少が、身体や精神、そして性機能にさまざまな変化をもたらす原因となるのです。
出典:日本内分泌学会|男性更年期障害(加齢性腺機能低下症、LOH症候群)
男性ホルモンの年代による分泌
男性ホルモンは思春期・成人期・老年期で、分泌量が変化します。
思春期
誰もが経験する思春期ですが、声変わりが起き、筋肉がつき、ひげが生えるといった男性的な体つきへの変化は、まさにテストステロンの分泌量が急増することによって起こります。
精巣が大きくなり、テストステロンを活発に作り出すことで、子どもから大人の男性へと体が変化していくのです。
成人期
テストステロンの分泌量がピークに達するのは、20代から30代にかけてです。この時期は、心身ともに最も活力に満ち溢れています。
しかし、その後の変化は人それぞれです。30代や40代から緩やかに減っていく人もいれば、70代、80代になっても若い頃とほとんど変わらない値を保つ人もいます。個人差の大きさが、男性の更年期症状が多様であることの理由の一つです。
老年期
加齢とともに、テストステロンを作る工場である精巣の機能は少しずつ低下していきます。これにより起こるのが、気力の低下、筋力低下といったさまざまな不調です。精巣機能の低下による不調は、医療機関でテストステロン補充治療をすると、症状が改善することがあります。
出典:日本メンズヘルス医学会|テストステロンとは「テストステロンの分泌」
女性ホルモンとの違い
男性の更年期が女性と大きく違うのは、ホルモンが減少し始める「時期」と「期間」です。
女性の場合、閉経を迎える50歳前後の約10年間に女性ホルモンが急激に減少するため、時期がはっきりしています。一方、男性の場合は40代以降いつ始まってもおかしくなく、特定の時期が決まっていません。
さらに、女性は閉経から5年ほどでホルモンの変動が落ち着き、体もホルモンが減った状態に慣れていきます。しかし男性の場合は、終わりがなく、ゆっくりと減り続けるため、不調が長く続いてしまう可能性があるのです。
男性 | 女性 | |
---|---|---|
原因 | 男性ホルモンの低下 | 女性ホルモンの低下 |
時期 | 特に決まっていない (40歳代以降いつからでも) |
閉経前後の約5年 (50歳前後) |
期間 | 終わりがない | 閉経後約5年で落ち着く |
出典:日本内分泌学会|男性更年期障害(加齢性腺機能低下症、LOH症候群)
男性ホルモン「テストステロン」が減少するとあらわれる症状
男性ホルモンは、男性が健康でいるための「お守り」のようなものです。テストステロンが加齢によって減少すると、「男性更年期障害(LOH症候群)」とも呼ばれるさまざまな不調があらわれます。
男性更年期障害であらわれる症状は、以下のとおりです。
- 抑うつ状態・性機能・認知機能の低下
- 糖尿病
- 肥満
- メタボリックシンドローム
- 骨粗しょう症
- 心血管疾患(動脈硬化・血管内皮機能の低下)
- サルコペニア(筋肉減少症)
実際、テストステロン値が高い人の方が長生きであるという研究報告もあり、このホルモンを維持することの重要性が分かります。男性ホルモンの減少は、ストレスや睡眠不足などの影響を受けるので、生活習慣の改善が大切になります。
出典:日本内分泌学会|男性更年期障害(加齢性腺機能低下症、LOH症候群)
加齢に抗(あらが)う。テストステロン値を維持・向上させるには?
加齢に伴うテストステロン値を維持・向上させるには、まず生活習慣を見直してみましょう。生活習慣を改善しても不調が続く場合には、医療機関へ行く必要があります。
テストステロンの分泌を促す生活習慣
テストステロンを減らす原因は、私たちの身近な生活習慣に潜んでいます。喫煙や深酒、過剰なストレスはもちろんですが、最大の原因の一つが「肥満」です。効果的な対策は、運動と食生活の改善です。実際、体重が減るほどテストステロン値は上昇すると報告されています。
しかし、厳しいカロリー制限は長続きしません。たとえば、食事の写真を撮って記録するアプリを使い、日々の食事内容を意識するだけでも効果があります。最近では、テストステロンの維持をサポートする成分を含んだ機能性表示食品などもあり、これらを上手に活用するのもよいでしょう。
出典:男性更年期と生活習慣
出典:Low Testosterone in Men with Type 2 Diabetes: Significance and Treatment
医療機関で受けられる男性ホルモン値が低い場合の治療方法
男性ホルモン値があまり低くなく症状が軽い場合と、男性ホルモン値が低く症状が重い場合とでは、一般的に治療方法が異なります。
男性ホルモン値があまり低くなく症状が軽い場合
生活習慣の改善を試みても不調が続く場合、まずは医療機関に相談しましょう。ホルモン値の低下が軽度であれば、体質改善を目指す漢方薬が処方されたり、ED治療薬・抗うつ薬や抗不安薬・骨粗しょう症治療薬など、個別の症状を和らげる薬で対応したりすることがあります。
男性ホルモン値が低く症状が重い場合
血液検査でテストステロンの値が明らかに低く、症状が重いと診断された場合は、「男性ホルモン補充療法」が選択肢となります。日本では、テストステロン製剤の筋肉注射が保険適用となっており、もっとも一般的な治療法です。
【再生医療の視点】ホルモン産生能力そのものへのアプローチ
生活習慣の改善やホルモン補充療法に加え、近年では「再生医療」という新しいアプローチが注目されています。再生医療による新しいアプローチとは、加齢により衰えた組織や細胞の働きを、より根本からサポートしようという考え方です。
研究段階ではありますが、iPS細胞(人工多能性幹細胞)などからテストステロンを主に分泌する精巣の「ライディッヒ細胞」を作り出し、これを移植し、ホルモン産生能力そのものを回復させようという試みが進んでいます。
この治療が実現すれば、一度の治療で生涯にわたって効果が持続する可能性も秘めています。全身の細胞が若々しさを取り戻し、ホルモンバランスの乱れにくい身体を目指す、未来の医療として期待されている方法です。
出典: Differentiation of Human Induced Pluripotent Stem Cells Into Testosterone-Producing Leydig-like Cells
まとめ
男性ホルモン「テストステロン」は、加齢とともに誰でも減少していきます。しかし、テストステロン値を高く保つことは、目先の活力だけでなく、将来の生活の質(QOL)や健康寿命そのものを維持するために非常に重要です。
40歳を過ぎて不調を感じたら、自分の生活習慣を見直し、テストステロンを低下させる要因を一つでも減らす努力を始めましょう。加齢による変化を正しく理解し、賢く対処していくことが大切です。もし深刻な不調を感じるなら、一人で悩まず、専門の医療機関に相談するという選択肢をぜひ持ってください。
監修:寺川 雄三 (脳神経外科専門医)