年齢と糖尿病:免疫力ダウンで気をつけたいこと

「年齢を重ねてから、どうも風邪をひきやすくなった、治りにくくなった」 。40代を過ぎて、そうした加齢による体調変化を感じる方は少なくないでしょう。しかし、もし糖尿病も患っている場合、「免疫力の低下」には特に注意が必要です。なぜなら、加齢による自然な免疫機能の低下に、糖尿病という慢性疾患が加わり、感染症のリスクが二重に高まってしまうからです。

この記事では、なぜ「加齢+糖尿病」の組み合わせで免疫力が下がるのか、特に注意すべき感染症、そして高齢者ならではの血糖コントロールの注意点について解説します。

「加齢+糖尿病」で免疫力が低下する理由

原因1. 血糖による免疫細胞の機能低下

糖尿病が免疫力を低下させる原因は、高血糖そのものです。高血糖状態は、私たちの体を守る免疫細胞、特に「好中球(こうちゅうきゅう)」の働きに悪影響を及ぼします。好中球とは、体内に侵入してきた細菌や真菌(カビ)などに対する生体防御(自然免疫)で戦う、中心的な免疫細胞です。

高血糖によって、好中球の重要な機能が低下してしまうことが分かっています。具体的には以下の4つが挙げられます。

  • 遊走能(集結する力)の低下:感染が起こると、好中球は素早く現場(感染部位)に駆けつける必要があります。高血糖はこの移動能力(遊走能)を低下させます。
  • 貪食能(どんしょくのう:取り込む力)の低下:現場に到着した好中球は、病原菌を自分の中に取り込んで(貪食して)無力化します。高血糖はこの「取り込む力」も弱めてしまいます。
  • 殺菌能(殺す力)の低下:好中球は、菌を取り込んだ後、活性酸素(respiratory burst)などを産生して細胞内で菌を殺菌します。高血糖状態は、この活性酸素の産生能を低下させ、菌を殺す力を弱めます。
  • NETs(ネッツ)形成の阻害:好中球には、自身の核(クロマチン)を網のように細胞外に放出し、菌を絡め取って殺菌する「NETs」という機能があります。高濃度のブドウ糖にさらされた好中球は、この網(NETs)をうまく形成できず、細菌が生き残りやすくなると報告されています。

出典:日本化学療法学会雑誌|糖尿病患者の好中球機能異常

原因2. 加齢による「免疫老化」

免疫力が低下する理由は、糖尿病だけではありません。加齢そのものによっても、免疫機能は老化していきます。これは「免疫老化」と呼ばれ、加齢に伴って免疫系が本来持っている「外敵(非自己)を排除する機構」と、過剰な「炎症反応を抑える機構」の両方が低下してしまう状態を指します。

その結果、高齢者は感染症にかかりやすくなる(易感染性)だけでなく、体内で軽い炎症が続く「慢性炎症」状態に陥りやすくなりますが、糖尿病による免疫低下と重なると、リスクがさらに高まるのです。

出典:血栓止血誌|免疫系の老化と慢性炎症

原因3. 糖尿病合併症の影響

糖尿病が怖いのは、高血糖そのものによる免疫機能の低下(原因1)だけではなく、長期間の高血糖が引き起こす「合併症」も感染症の重症化に深く関係しているためです。

例えば、合併症で血流障害(動脈硬化など)が起こると、感染部位に十分な血液が届かなくなりますが、これは、酸素や栄養だけでなく、戦う好中球や投与された抗生物質も現場に届きにくくなることを意味します。また、神経障害が進行すると、足などに傷ができても痛みを感じにくくなり、傷の発見が遅れ、細菌が侵入して重症化する(例:糖尿病性足病変)リスクも高まります。

出典:糖尿病|糖尿病患者における感染症の特徴およびその対策

高齢の糖尿病患者が特に注意すべき感染症

免疫力の低下により、高齢の糖尿病の方は、さまざまな感染症に注意が必要です。高齢の糖尿病の方が注意すべき感染症は、以下のとおりです。

  • 尿路感染症
  • 呼吸器感染症
  • 胆道感染症
  • 皮膚の感染症
  • 歯周病など

問題なのは、かかりやすいだけでなく、糖尿病でない方と比べて重症化しやすい点です。特に血糖コントロールが悪い方ほど、細菌や真菌(カビ)に抵抗する力が弱く、重症の感染症を起こしやすいと言われています。さらに、通常はまれな部位に感染を起こしやすく、診断が難しくなるケースがあるのも特徴です。例えば、悪性外耳道炎、気腫性腎盂腎炎、腎膿瘍、気腫性胆嚢炎、壊死性筋膜炎、鼻脳ムコール症、フルニエ壊疽などがあります。

出典:糖尿病情報センター|糖尿病と感染症のはなし

【対策編】高齢者糖尿病ならではの血糖コントロール

目標は「高血糖の是正」と「低血糖の回避」

感染症予防には血糖コントロールが不可欠ですが、高齢者の糖尿病治療では、若い世代とは異なるアプローチが求められます。目標は、「高血糖の是正」と同時に「低血糖の回避」1といった徹底することです。

高齢になると、薬が効きすぎたり、食事量が減ったりすることで、低血糖を起こしやすくなります。さらに、低血糖になっても典型的な症状(発汗、動悸)が出ず、「頭がくらくらする」「体がふらふらする」といった非典型的な症状として現れることも多く、自覚しにくいのが特徴です。重症の低血糖は、それ自体が認知症・転倒・骨折・心血管疾患・細小血管症・死亡のリスク因子となります。

出典:心臓|高齢者糖尿病の特徴と治療

併発しやすい老年症候群への目配り

高齢者の治療では、血糖値だけを見ていると本質を見誤る可能性があります。認知機能の低下、ADL(日常生活動作)の低下、フレイル(虚弱)、うつ、転倒リスクなど、併発しやすい「老年症候群」全体にも目を配る必要があります。

例えば、認知機能が低下している方に複雑な血糖測定やインスリン注射をお願いするのは現実的ではありません。その方の生活状況やサポート体制、併発している他の疾患もすべて考慮し、無理なく安全に続けられる治療法を選択することが重要です。

出典:心臓|高齢者糖尿病の特徴と治療

まとめ

「加齢」と「糖尿病」が重なると、感染症のリスクが著しく高まります。感染症のリスクに対抗するためには、日々の血糖コントロールが免疫機能の維持に直結することを理解するのが大切です。

ただし、高齢者の場合は、ヘモグロビンA1c(HbA1c)の数値を厳しく下げることだけが目標ではありません。何よりも「低血糖を起こさない」安全なコントロールが優先されます。「最近、風邪をひきやすい」「血糖値が安定しない」など、自身の体調の変化に早めに気づき、どんな小さなことでもかかりつけ医に相談するのが大切です。こういった対応が、合併症を防ぎ、健康に過ごすために重要です。