
不妊治療というと、女性が主体となって進めるイメージが強いかもしれませんが、WHO(世界保健機関)の調査によれば、不妊の原因の約半数は男性側にもあるとされており、決して珍しいことではありません。
造精機能障害・性機能障害・精路通過障害といった男性不妊の中でも、特に治療が難しいとされてきたのが、精子そのものをうまく作れない造精機能障害です。
この記事では、男性不妊治療の未来を大きく変えるかもしれない、驚きの研究成果について詳しく解説します。
出典:こども家庭庁|男性不妊の3つの原因
目次
加齢と男性の妊孕性(にんようせい)
ここでは、妊孕性について、そして、男性の不妊の原因に加齢がどう影響するのかを解説します。
妊孕性とは?
妊孕性とは妊娠するための力のことで、生殖機能とほぼ同義と考えていただくと分かりやすいでしょう。医学的には、妊娠に必要な男女それぞれの臓器や、精子・卵子といった配偶子、そしてそれらが正しく働く機能全体を指します。
【男女の妊孕性】 | 男性 | 女性 |
---|---|---|
臓器 | 精巣 | 子宮・卵巣 |
配偶子 | 精子 | 卵子 |
機能(狭義) | 勃起・射精など | 排卵・着床など |
妊娠は男女が協力して初めて成り立つものであり、男性には「質の良い精子を作る(造精機能)」「精子を女性の体内に届ける(性機能)」という、重要な役割があります。
出典:日本産婦人科学会|妊孕性の低下
男性不妊症の原因
男性不妊の原因は大きく3つに分けられます。
不妊症の原因 | 内容 |
---|---|
造精機能障害 | 射精される精液の中の精子の数が少ない、運動率が低下している、もしくはその両方の状態。 |
性機能障害 | 勃起ができず挿入できない、勃起はするが射精がうまくいかない、もしくはその両方の状態。 |
精路通過障害 | 精子は作られているものの精子の通り道(精路)が閉塞しているため、精液中に精子がない状態。 |
男性の機能は、女性ほど急激ではないものの、加齢による影響を確実に受けます。例えば、精子の質について、ある報告では30代の男性と50代の男性を比較すると、50代では精液の量が3~22%、元気に泳ぐ精子の割合(精子運動率)が3~37%、形の整った精子の割合(精子正常形態率)が4~18%低下するとされています。
さらに、妊娠の維持にも男性の年齢は重要です。父親の年齢が45歳以上の場合、25歳未満の父親に比べて流産の確率が約2倍になると報告されています。
出典:日本生殖医学会|Q4.不妊症の原因にはどういうものがありますか?
出典:日本生殖医学会|Q25.男性の加齢は不妊症・流産にどんな影響を与えるのですか?
精子はどう作られる?鍵を握る精祖細胞(せいそさいぼう)(幹細胞)
精子はどのように作られているのかの仕組みを知ることが、新しい治療法を理解する鍵となります。
精子を作る場所は、精巣の中にある精細管(せいさいかん)という、非常に細い管です。ここを精子を作る工場だとイメージしてください。
ここでもっとも重要な存在は、精子のすべての源となる精祖細胞です。この精祖細胞は、生涯にわたって精子を供給し続ける能力を持つ、特別な幹細胞なのです。
- 自分をコピーして数を保つ(自己複製能)
- 精子へと変身していく細胞を生み出す(分化能)
つまり、自分の後継者を作りつつ、精子の元となる細胞も送り出しているのです。精子の元となる細胞は、セルトリ細胞の助けを受けながら分裂を繰り返し、42〜76日かけて、オタマジャクシの形をした精子へと成熟します。
すべての始まりである精祖細胞(幹細胞)が健康で、正常に働くことが、男性の妊孕性の根幹を支えているのです。
出典:日本がん・生殖医療学会|妊孕性/妊孕性温存について「男性の方へ 男性の生殖機能」
【最新研究状況】幹細胞投与で、精子形成が改善した驚きの報告
精子を作る大もとの細胞である精祖細胞(幹細胞)が機能しなくなった男性不妊症に対し、幹細胞を移植して精子形成を回復させる治療法が注目されています。
アプローチは、主に次の2つです。
- 精祖細胞そのものを移植する
- 他の幹細胞を投与し、精巣の環境を改善して精祖細胞の働きを助ける
まだ研究段階ですが、特に、精子の元となる精原幹細胞(PSC)を移植する治療は、精子形成を回復させる有望な技術であり、動物実験では、驚くべき結果が報告されています。
例えば、薬剤によって無精子症になったラットに他の種類の幹細胞を投与しても、精子形成が完全に回復し、生殖能力まで取り戻したという研究があります。また、放射線で精子を作る能力を失った犬やサルに、精祖細胞(SSC)を移植したところ、精子の生産機能が部分的に回復したことも確認されました。
これらの研究は、治療が極めて困難であった男性不妊に対して、幹細胞治療が有効な選択肢となりうることを強く示唆しています。現在は、ヒトでの臨床応用に向けた研究が安全性を第一に進められており、未来の治療法として大きな期待が寄せられているのです。
出典:Cellular Therapy via Spermatogonial Stem Cells for Treating Impaired Spermatogenesis, Non-Obstructive Azoospermia
まとめ
幹細胞を用いた男性不妊治療は、まだ誰もが受けられる標準的な治療法として確立されているわけではありません。しかし、それはもはや遠い未来の夢物語ではないのです。これまで治療が極めて困難とされてきた「造精機能障害」の方々にとって、幹細胞治療は大きな希望の扉を開く可能性を秘めています。
自分の妊孕性に不安がある方、最先端医療の可能性について詳しく知りたい方は、一人で悩まず、ぜひ専門のクリニックにご相談ください。最新の知見を持つ医師と共に、未来について考えることが、希望への第一歩となります。